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広島高等裁判所松江支部 昭和44年(行コ)1号 判決 1970年9月28日

鳥取市上町一九番地の二

控訴人

徳田隆一

同市東町二丁目三〇八番地

被控訴人

鳥取税務署長

小林典

右指定代理人

山田二郎

小瀬稔

野村和一朗

吉富正輝

岡野進

貞弘公彦

広光喜久蔵

右当事者間の過納税金還付請求却下処分取消等請求控訴事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取消す。被控訴人が控訴人に対し昭和四二年二月一日付鳥直所第三五号をもつてなした控訴人の異議申立に対する決定を取消す。控訴人が同三六年四月八日付で被控訴人宛に提出した同三二年度ないし同三四年度の所得税損失申告書にかかる過納税金還付についての被控訴人の不作為は違法であることを確認する。被控訴人が控訴人に対し同三七年三月一三日付鳥直所第四二号をもつてなした損失申告書提出期限延期申請書についての決定は無効であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人等は主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠関係は、原判決二枚目裏一一行目の「昭和二一年一月六日」とあるのを「昭和二〇年一二月六日」と訂正し、同三枚目裏八行目および九行目の「昭和三二年一二月三一以降前記財産に対する補償請求権が放棄された旨」とある部分を削除し、かつ当審における新しい主張および立証として以下に付加するほか、原判決の第三争ない事実ないし第五証拠の欄に各摘示されているとおりだから、ここにその記載を引用する。控訴人は、

一、控訴人の異議申立に対する昭和四二年二月一日付決定鳥直所第三五号の取消を求める請求について。

原判決は、控訴人が右決定自体の手続上の違法事由又はその外の違法事由を格別主張することなく、被控訴人の不作為を違法として争つているのだから、右不作為の違法確認を求めるべきで、右不作為の違法を主張して異議に対する決定の取消を求めることは行政事件訴訟法第三八条第四項第一〇条第二項により許されず、右訴を不適法として却下する旨判示している。しかし右行政事件訴訟法の条文は、審査請求又は異議の申立を棄却した裁決又は決定の取消を求める訴訟においてその取消事由を制限したものであり、審査請求又は異議の申立を却下した裁決又は決定の取消を求める訴訟の場合には適用されないから、原判決が右のとおり訴を却下したことは違法である。

二、控訴人が提出した損失申告書に対する被控訴人の不作為の違法確認を求める請求について。

原判決の指摘する昭和三九年一〇月二二日最高裁判所判決の事案と本件の事案では、左の点において重要な相違がある。

(一)  最高裁の事案には実質的に棄却すべき事情があつたが、本件の事案にはかかる点が存しない。

(二)  最高裁の事案は税額が確定した後その減額を要求したものであるが、本件は税額の確定前にその変更を求めている。

(三)  最高裁の事案では納税者が民法の改正につき不知であつたことが錯誤の原因で、右錯誤は納税者の過失によつて生じたといえるが、本件の事案では控訴人が在韓財産の喪失を昭和三六年迄知ることができなかつた原因は、国が右事実を秘匿したためであり、控訴人にとつて不可抗力の事由である。

三、控訴人の損失申告書提出期限延期申請に対する昭和三七年三月一三日付決定鳥直所第四二号の無効確認を求める請求について。

原判決は、控訴人の損失申告書に対する被控訴人の不作為の違法確認を求める請求を理由がないとして棄却し、それによつて損失申告書提出期限延期申請却下決定の無効確認を求める訴の利益がないとしているが、右不作為の違法確認請求を棄却したのは不当であつて、右延期申請却下決定の無効確認を求める訴の利益があるというべきである。

なお、控訴人に雑損失が生じたのは、控訴人が原審以来主張しているとおり昭和三二年一二月三一日日本政府が日韓会談正常化のため従来の主張を変更し、日本国民の在韓財産について外交保護権を放棄したことによるものであり、控訴人は右事実を同三六年三月九日外務省の発表によつて始めて知り、その事情を延期申請書に記載したのに拘わらず、前記決定はこの点につき何等の調査も行わずになされたもので、この点からも無効である。

四、なお、被控訴人の後記原判決事実摘示訂正の申立は、自白の撤回に当るから異議がある。

と陳述し、証拠として甲第一四、第一五号証、第一六号証の一ないし四、第一七ないし第一九号証を提出した。

被控訴代理人等は、

一、日本国民が終戦時南朝鮮において所有した財産は昭和二〇年一二月六日米国軍令により接収され、日本国政府は同二七年四月二八日発効の平和条約においてこれを承認し、在韓財産に関する補償請求権を放棄したのであつて、控訴人主張のように昭和三二年一二月三一日当時放棄したのではない。そして所得税法上の雑損控除は同二五年法律第七一号により創設され、同年四月一日以降発生の損失に適用されるようになつたもので、同二〇年一二月六日米軍の接収によつて生じた損失に適用がないことは勿論、これが同二五年四月一日以降に発生したとしても、日本国の敗戦、米軍の接収、補償請求権の放棄という事態から生じた損失は雑損控除にいう異常な災害とは本質的に異るものであるし、補償請求権のごとき債権については貸倒れによる控除の対象となつても雑損控除の対象となるものではない。従つて雑損失が生じたという控訴人の主張は失当である。

二、なお、原判決の三枚目裏八行目および九行目に、当事者間に争いのない事実として摘示されている「昭和三二年一二月三一日以降前記財産に対する補償請求権が放棄された旨」との部分は、被控訴人が原審でこれを認めた事実がなく、誤記であるからその削除を求める。

と 述し、前記甲号各証の成立をすべて認めた。

理由

当裁判所も控訴人の本訴訟請求をいずれも認容できないものと考える。その理由は以下に付加するほか、原判決の説示(但し前記のとおり一部訂正削除の上)のとおりであるから、ここにその記載を引用する。

一、被控訴人の原判決事実摘示の一部削除の申立について。

本件記録によれば、被控訴人は原審において控訴人が主張した「外務省は昭和三六年三月九日日韓請求権に関し、同三二年一二月三一日以降前記財産に対する補償請求権が放棄された旨発表した」との事実のうち「同三二年一二月三一日以降前記財産に対する補償請求権が放棄された旨」の部分はこれを自白したことがないと認められる(被控訴人の原審における答弁書中請求の原因に対する答弁第一項の二の(ロ)、同じく昭和四三年九月五日付準備書面中被告の主張第二項および第三項並びに原審準備手続の要約調書中右該当の部分が一旦記載されながら抹消され、担当書記官の訂正印が押捺されていること)従つて、原判決が右該当部分を当事者間に争いのない事実として摘示していることは明らかな誤記であるから、その削除を求める被控訴人の申立は理由があり、右申立が自白の撤回に当るとする被控訴人の異議は採用できない。そこで本判決において前記のとおり原判決の事実摘示のうち該当部分を削除した。

二、控訴人の異議申立に対する昭和四二年二月一日付決定鳥直所第三五号の取消を求める請求について。

右決定は、控訴人が提出した所得税の損失申告書は税法上の申告書として取扱うことができず、これに対して何等の処分等を要しないから、被控訴人の不作為は行政不服審査法第二条第三項に掲げる不作為に該当しないとして、控訴人の異議申立を却下したものであることは当事者間に争いがない。

ところで行政事件訴訟法第三八条第四項第一〇条第二項は、不作為の違法確認訴訟においても取消訴訟の場合と同様いわゆる原処分主義をとつたもので、行政庁の不作為に対する審査請求又は異議申立において裁決庁又は決定庁が右不作為の正当性を支持し、審査請求又は異議の申立を棄却した場合、右不作為の違法性は不作為の違法確認訴訟においてのみこれを主張すべく、裁決又は決定の取消事由としては主張し得ないことを定めたものである。従つて審査請求又は異議申立自体が形式的要件を欠いた不適法なものであつて、不作為の当否に関する実質的な判断を加えず、これを却下した裁決又は決定の取消訴訟においては事柄の性質上右行政事件訴訟法の条文は適用されないものと解される。しかし本件において前記却下決定は単に控訴人の異議申立が形式的要件を具備していないことを理由に却下したのではなく、寧ろ控訴人の損失申告書が税法上の申告書に該当せず、これに対して何等の処分を要するものではないと判断し、右損失申告書に対する被控訴人の不作為を正当として積極的に支持しているのであるから、右決定は実質的にみて棄却決定と同様の理由を具備しているということができる。従つてこれに対する取消訴訟においては、前記行政事件訴訟法の条文の適用を受け、右不作為が違法であることは、右却下決定の取消訴訟においてこれを主張することを許されないものといわなければならない。この点に関する原判決の判断は正当として肯認できる。

三、控訴人が提出した所得税の損失申告書に対する被控訴人の不作為の違法確認を求める請求について。

控訴人の昭和三二年度ないし同三四年度の所得税の確定申告を無効或いはこれが撤回されたものとし、後に提出された損失申告書を適法な申告書として取扱うべきものとし、或いは適法な更正の請求とみるべきものとする控訴人の主張がいずれも失当であることは、原判決が第六争点に対する判断の二ないし五において詳細に説示するとおりであり、控訴人の当審における反論を仔細に検討するも、本件の事案が原判決の指摘する最高裁判所の判例と実質的に相違するものとは思料されず、原判決の認定を不当としてこれを覆えすことはできない。

なお付言するに、日本国民が終戦時において南朝鮮で所有していた財産は、昭和二〇年一二月六日在鮮米軍が軍令三三号によつてこれを接収してその所有権を取得し(右処置がハーグ条約に違反するか否かは別)、その後韓国政府の成立に伴い同国政府に移譲され、昭和二七年四月二八日発効の平和条約において日本国政府が右処理の効力を承認し、これに関する補償請求権を放棄したものであることは、今日では公知の事実というべく、控訴人主張のごとく昭和三二年一二月三一日日韓交渉に関連して始めて補償請求権が放棄されたものと認めることはできない。

ところで米軍により前記財産が接収された当時、所得税法上雑損失控除の規定がなかつたから、接収によつて生じた損失が所得税法上の雑損失としてその保護を受け得ないことはいうまでもなく、また平和条約において日本国政府が右接収の効力を承認し、補償請求権を放棄したことは、所得税法上雑損失に関する要件として定められた災害又は盗難等の事故に該当しないものと解される。従つて控訴人が右事実を昭和三六年当時まで知らず、これを知らなかつたことにつき過失がなかつたとしても、控訴人は昭和三二年度ないし同三四年度の所得の計算上これを雑損失に計上できないことは明らかであつて、控訴人の右各年度の所得税の確定申告につきその主張のごとき錯誤があつたとはたやすく認めることができず、この点からも控訴人の主張は理由がないものといわざるを得ない。

四、控訴人の損失申告書提出期限延期申請に対する昭和三七年三月一三日付決定鳥直所第四二号の無効確認を求める請求について。

右の点に関する控訴人の当審における主張は、要するに、控訴人が提出した昭和三二年度ないし同三四年度の確定申告は錯誤のため当然無効であり、後に提出した損失申告書を適法な申告書として取扱うべきことを前提として原判決の判断を非難するものであるが、控訴人の提出した損失申告書は所得税法上いかなる見地からするも適法な申告書と解し得ないことは前記のとおりであるから、控訴人の右主張は失当である。

しかも、弁論の全趣旨に照らし、控訴人の右請求の目的とするところは、控訴人が右各年度の確定申告に基づき納付した所得税を、確定申告が無効であるとの理由で、還付請求をするため、右確定申告が無効であるとの判断を受けようとするにあることが明らかなところ、控訴人の右立場からすれば、直接確定申告の無効確認を求めるか或いは納付した税金を不当利得として返還を求めるのが筋合(但しその当否は別)であり、本件のごとく損失申告書提出期限延期申請に対する却下決定の無効を求めることは控訴人の右目的にとつて関接的な影響しかないものというべきである。従つて右無効確認の請求については、控訴人に訴の利益がなく、これを却下した原判決には何等違法な点はない。

以上の次第で原判決は相当であり、本件控訴は理由がないので民事訴訟法第三八四条に則りこれを棄却し、控訴費用の負担につき同法第九五条第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牛尾守三 裁判官 後藤文彦 裁判官 永松昭次郎)

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